元料理長が教える 今さら聞けないHACCP講座
第5回
菌は歩けない
前回の最後に問題をお出ししました。「ノロウイルス対策で、料理人がおろそかにしてはいけない『作業』とは何でしょうか」という問題でした。
答えは手洗いです。もっと専門的な作業かと思ったという人もいるでしょう。しかし、手洗いは食品従事者にとって、非常に重要な衛生管理「作業」の一つです。
更新日:2019年01月15日
テレビドラマで、ドクターが両腕の肘から先を上に折りたたんで手術室に入ってくるシーンを見たことはありませんか。ポーズに多少のデフォルメはあるようですが、あれは儀式ではなく、洗浄・消毒を終えた手が何かに触れて汚染されることのないようにしているのだそうです。
従事者の手を清潔にすることが非常に大切なのは調理でも同じです。その最も大切な作業が手洗いです。例えば、HACCPを推奨しているCODEX(コーデックス)が発行している「食品中のウイルス管理への「食品衛生の一般原則」の適用に関するガイドライン」(CAC/GL 79-2012)に、こんな記述があります。
「伝統的な手洗いの習慣は、手指消毒剤を使用するよりも高い感染性ウイルス低減効果を有することがある。食品施設で使用されている化学消毒剤の大半では、NoVやHAVなどの非エンベロープウイルスは効果的に不活化されない」
手洗いは二度洗い
NoVとはノロウイルス、HAVはA型肝炎ウイルスのことです。近年、ノロウイルスは食中毒の主要な発生原因となっています。下に二つのグラフを示しました。厚生労働省の「平成29年食中毒発生状況(概要版)」をベースに、注釈を加えたものです。横軸の数字は「平成」で、食中毒の発生は、原因で見ると、件数ではノロウイルスとカンピロバクターが圧倒的に多く、患者の数ではノロウイルスが突出して多いことが分かります。その、ノロウイルスへの対応についての国際的なガイドラインに、先ほど紹介したように、手洗いの効用が記されているのです。手洗いがいかに重要か、分かっていただけると思います。SSOP(衛生標準作業手順)の一手順として、手洗いマニュアルによる正しい洗浄のルール化が必要です。もちろん、洗浄は複数回。髪を洗うときに、一度目よりも二度目の方がシャンプーの泡がよく立つのは、一度目の洗浄で汚れが落ちているからです。洗浄を徹底するために、手も二度洗い、三度洗いをしましょう。
菌をトイレから厨房に運ぶのはヒト
「頭隠して尻隠さず」ではありませんが、手洗いが完璧でも、足元の衛生管理が十分でなく、料理人が厨房に菌やウイルスを持ち込んでしまうケースが多いことも知っておいてください。
細菌やウイルスはトイレに多くいます。感染者や保菌者が発症したときは、たいてい勢いよく吐いたり、激しい下痢をしたりします。その処理が十分でないと、吐しゃ物や糞尿の粒子などと共に細菌やウイルスがトイレに残っています。特に床は最も注意すべき場所の一つです。
トイレに行くときは専用の履物に履き替えるようにしているでしょうか。細菌やウイルスは歩けません。しかし、料理人が靴を履き替えず、トイレに入った靴で厨房に戻れば、埃などと一緒にトイレにいる菌やウイルスを、靴底などを通じて持ち込んでしまいます。
「トイレでは履物を履き替えてください」というルールを設定している施設は多いですが、他人の目がないことも多い空間なので、それに乗じてルールを破ってしまう人が出がちです。便器や便座の数に対してトイレ用スリッパの数が足りないと、そのままトイレに入る人がいる、というように。ですから、トイレへの入室時に履き替えるのではなく、厨房エリアを出たらすぐに外用の靴に履き替えるルールにして、厨房エリアのすぐ外に履き替え用の靴ロッカーやマットなどを設置するようにします。
作業手順やルールが守られない場合、厳しい再教育をしたり、罰則を与えたりする施設があるようですが、「なぜその作業が必要なのか」「なぜそのルールを守るべきなのか」について本人がその必要性を理解し、納得するための教育をしてもなお、ミスが起きたり、ルールが守られなかったりする場合、それは仕組み自体に改善の余地があります。トイレへの退出時のフローを見直して履物ロッカーの場所を動かすこともそうですし、厨房であれば、スタッフによる温度の記録忘れを防ぐために最初から記録機能の付いた機器を導入する、といったことなどがこれに当たります。
この連載の読者から、前回に説明したSOPやSSOPなどについて、実際の方法論を説明してほしいとのご要望をいただきました。そこで次回は、現場で実践してきた現実的なHACCP導入法についてご説明をしたいと思います。
講師紹介
- 元ハイアットリージェンシー東京 調理部長、全日本司厨士協会幹事会員
坂場一昭(さかば・かずあき) - 1952年1月東京生まれ。70年から調理の道に入る。京王プラザホテルを経て、80年にセンチュリーハイアット東京(現ハイアットリージェンシー東京)に入社。ガルドマンジェアシスタントシェフ、宴会シェフ、宴会厨房改修プロダクトマネジャーや調理部長、食品衛生担当課長などを歴任。日本エスコフィエ協会会員、全日本司厨士協会幹事会員。
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