更新日:2023年06月27日
料理人の“職業病” Check & Care
第2回
肘と腰の病気
調理従事者に患者が多く、主に整形外科の領域で「料理人の職業病」などと言われる病気について、基礎知識とケアの方法などを解説するシリーズの第2回は、肘と腰の病気についてです。講師は前編に引き続き、福島県立医科大学・スポーツ医学講座の特任教授で、医学部整形外科学講座講師の加藤欽志医師です。
病気の症状や進行度合いは個人ごとに異なりますので、痛みが強かったり、症状が改善しなかったりする場合は医療機関を受診してください。また、薬の服用や注射、手術などには、多くの場合、合併症や副作用などのリスクが伴います。医師の説明を受け、納得した上で治療を選択するよう、お願いします。
肘 ~「テニス肘(上腕骨外側上顆炎)」~
バンド装着が有効。装着場所に注意
基礎知識主に手首を反らす筋肉に炎症が起こる
肘の病気で料理人の患者さんが多い病気が、「テニス肘」という通称がある「上腕骨外側上顆炎(じょうわんこつがいそくじょうかえん)」です。多くの場合、ものをつかんで持ち上げたり、タオルなどを絞ったりすると、肘の外側から前腕にかけて痛みが出ます。詳しい病状や原因は十分には解明されていませんが、主に手首を反らす働きをする筋肉に炎症が起きます。手首や腕をよく使う人、上腕の筋肉と肘をつなげている腱に負担のかかる動作をしている人に多い病気です。中年以降のテニス愛好家に患者さんが多いことからテニス肘と呼ばれますが、料理人の場合は年齢に関係なく、若い患者さんもいらっしゃいます。
病院では一般的に、テニス肘について、下の写真で紹介する3つのテスト(検査)を実施します。どれか1つの検査で肘外側から前腕にかけての痛みが起きたら、テニス肘の疑いが濃厚です。3つとも痛みが起きたら、病院ではテニス肘であると確定診断をします。
- トムセンテスト。まず、他人に手首を伸ばす力をかけてもらう。次いで、痛い方の肘を伸ばし、手首を反らす。
- チェアテスト。肘を伸ばし、手首を反らした状態で椅子を持ち上げる。
- 中指伸展テスト。他人に中指を押さえてもらう。肘を伸ばし、他人が押さえている力に拮抗して中指を反らす。
セルフケア痛む部分から指3本分ほど手首寄りにバンド装着
テニス肘への対処としては、手首を内側に曲げて指を手前に引いて筋肉を引き延ばすストレッチが有名です。ただ、このストレッチは、痛みが一時的に楽になるとはいわれているものの、予防に効果があるといった医学的なコンセンサスは得られていません。
テニス肘の場合、ケアの方法として推奨されているのが、「エルボーバンド」と呼ばれるバンドの装着です。筋肉を圧迫することで、腱の骨への付着部のストレスを和らげるものです。インターネットで検索をすると、数えきれないくらいの商品がヒットするはずです。
ただ、エルボーバンドの装着では、注意点が2つあります。まずはバンドを巻く位置です。痛い部分(主に骨の出っ張った上腕骨外側上顆)ではなく、そこから指3本分くらい手首寄りの位置に巻いてください。痛みの出る箇所よりも少し手の先側にある筋肉を圧迫することで、痛みの出る箇所に刺激が伝わらないようにするイメージです。また、力を入れたときに少し圧迫されるくらいの加減で巻くことがポイントです。
これまで紹介したセルフケアの手段を整理しておきます。第1回でご説明したばね指はストレッチで、CM関節症とドケルバン腱鞘炎が装具(サポーター)の装着、今回ご説明したテニス肘はバンドの装着となります。いずれも副作用がほとんどない点が共通しています。
医療機関での治療スポーツ分野で新しい治療が普及
医療機関では、テニス肘に対して、バンド装着や手首や指のストレッチのほか、湿布や塗り薬の処方をします。さらに症状に応じて、ステロイド注射や、症状が悪化しているときは筋膜を切開する手術なども行われます。
参考情報として、特にスポーツ分野で注目を集めているテニス肘の治療を2つご紹介します。まず、保険適応外ですが、「体外衝撃波治療」です。皮膚の上(体外)から衝撃波を照射する治療法で、痛みを感じる神経が過剰に増えている状態を鎮める効果と、組織を再生させる効果が期待されています。
「PRP(Platelet Rich Plasma=多血小板血漿)治療」は、プロ野球の田中将大選手が肘の内側側副靭帯を損傷した際、靭帯の再建手術ではなく、この治療を選択したことで知名度が上がりました。自分の血液から濃縮した血小板を抽出し、患部に注入することで治癒を促すもので、血小板が組織修復を促進する点に着目した治療法です。
腰痛 ~「筋性腰痛」「椎間板ヘルニア」「脊柱管狭窄症」など~
痛みが強くなる姿勢で腰痛のタイプを判断
基礎知識便や尿が出づらい場合は速やかに医療機関を受診
腰をかがめた姿勢での作業が長時間続いたり、重い鍋などを持ったりする機会が多いために、腰痛に悩まされている料理人は多いと思います。ただ、腰痛といってもさまざまな種類がありますので、セルフチェックによって大まかなタイプ分けをして対処法を考えます。
まずは前屈(前かがみになる)したり、腰に手を当てて後屈(体を反らす)したりして、どちらの姿勢のときにより腰が痛くなるのかを確認してみてください。
- 前屈(まえかがみ)
- 後屈(上体反らし、伸展)
前屈でより痛みを強く感じるのであれば、筋肉に由来する腰痛(「筋性腰痛」)か「椎間板ヘルニア」の可能性があります。特に前屈するとお尻(殿部)や太ももの裏側(大腿部後面)に痛みが広がる、いわゆる「坐骨神経痛」の症状がある場合は注意が必要です。
前屈タイプの腰痛がある人の場合、太もも裏側の筋肉が硬いことが多いです。そうなると体を股関節から十分に曲げることができずに腰から曲げることになるため、腰の背筋に負担がかかって腰痛が起きる、というメカニズムになります。
逆に、後屈時に腰に痛みがある場合、中高年であれば、腰の「脊柱管狭窄(せきちゅうかんきょうさく)症」の可能性があります。特にふとももやふくらはぎの痛みやしびれが両側に出ていたりする人は要注意です。さらに、便や尿が出づらくなっている(「膀胱直腸障害」)場合はできるだけ早く医療機関を受診してください。
セルフケア前屈型は太もも裏側、後屈型は腸腰筋のストレッチ
腰の痛みに対しては、腰より上にある胸郭、あるいは腰より下にある太ももの筋肉や股関節を軟らかくすることで、腰にかかる負担を減らしてあげることが基本的な対応になります。
前屈で腰が痛くなる場合、太ももの裏側の筋肉であるハムストリングスのストレッチがお薦めです。仰向けで太ももを抱えながら足を上げ、膝を直角に曲げます。次に、太ももを抱えたまま、できるだけ足が一直線になるように足先を起こしていきます。これ以上起こせない状態になったら10秒間キープします。これを10回程度繰り返します。
ストレッチの際は、誰かに足を起こしてもらうよりも、自分で足を起こしていく方が筋肉を伸ばす効果は高いです。自分で足を起こす動作をすると、太ももの前にある筋肉が縮まろうとします。これに太ももの裏側の筋肉が反応して、自分で伸びようとするからです。
- まず、仰向けになり、伸ばす方の足を直角に曲げる
- 次に、足を抱えたまま、足が一直線になるように足先を起こしていく。伸ばした状態を10秒間保持。これを10セット行う。
後屈したときに腰がより強く痛む人は、上半身と下半身をつなぐ筋肉である腸腰(ちょうよう)筋のストレッチがお薦めです。伸ばす方の足を後ろにして立て膝をし、手を前の方に着き、前になっている足を曲げていきます。後ろに立てている膝の位置をかえないように、股関節の前(腸腰筋のある位置)を伸ばします。呼吸を止めずに20~30秒間同じ姿勢を保持します。これを3回繰り返します。余裕があれば、そのまま腕を伸ばして上体をひねり、胸郭を伸ばしてあげましょう。
- 伸ばす方の足を後ろにして立て膝になり、腸腰筋を伸ばす。
- 腕を伸ばして上半身をひねり、胸郭の周辺を伸ばす。
作業時のヒント負担のかかりにくい姿勢になる環境を自分で作る
前屈の姿勢は腰の背筋に負荷がかかるため、重い鍋などの物を持ち上げるときはできるだけ体の近くで持つように心がけてください。調理時は調理台やまな板の位置を高くして、上半身を起こす姿勢になるように調節するとよいでしょう。後屈で腰痛がある人の場合は逆です。前かがみになった方が楽なので、調理時には、床に低い台を置いて片足を乗せ、少し前傾した体勢で調理をすると体が楽になると思います。
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